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中小M&Aの流れと売り手の事前準備|中小M&Aガイドライン第3版に沿って解説

21 時間前
読了時間: 10分

会社を第三者に引き継ぐ中小M&Aは、最初の相談から引継ぎ後の統合作業まで、おおむね10の段階を踏んで進みます。売り手(譲り渡し側)の経営者にとって大事なのは、支援者と契約を結ぶ前に、手数料の決まり方と自社の「整えておくべき点」を押さえておくことです。


手続の段取りは仲介会社やFAが案内してくれます。しかし、どの条件を優先し何を譲れないとするか、売り出す前に会社の何を片付けておくかは、経営者自身が決めるしかありません。


この記事の要点

  • 成功報酬はレーマン方式が中心で、料率を掛ける基準額の違いで1,000万円差が出る例もあります

  • 最低手数料があると、譲渡額5,000万円の案件で手数料が譲渡額の22%になる例があります

  • 名義株が残ると譲渡手続が進まず、簿外債務はDDで見つかると減額交渉の対象になります


※本記事は2026年10月時点の法令・通達に基づいています。


最新版は2024年8月の第3版、資格制度は検討中


中小M&Aガイドラインは、中小企業のM&Aの進め方と、支援する専門業者が守るべき行動指針をまとめた中小企業庁の文書です(2020年3月策定、2023年9月の第2版で手数料の考え方を詳述)。2026年10月時点の最新版は2024年8月30日公表の第3版です。第4版は出ていません。


第3版では、仲介者・FAによる手数料と業務内容の説明、広告・営業の規律、利益相反の禁止事項、最終契約後に起こりうるトラブルへの備えなどが拡充されました。その後、2025年2月に不適切な買い手の情報を業界内で共有する仕組みの運用も示されています。


2026年3月17日の中小企業庁の検討会資料では、M&A支援に携わる人向けの「中小M&A資格試験」と合格者の登録制度を設ける方向が示されましたが、開始時期やガイドラインへの反映のしかたはまだ検討段階です。支援者と契約する時点の状況を確かめてください。


中小M&Aは相談からPMIまで10段階


一般的な流れは次の表のとおりです。期間は会社しだいです。相談から成約まで半年から1年程度を見込むケースが多いといわれます。公的な目安はなく、あくまで実務上の感覚です。


事前相談からPMIまで、中小M&Aの10ステップを売り手の視点で示したフロー

段階

売り手がすること

主な書類

① 意思決定・事前相談

親族や社内に後継者がいないか確かめ、引退後の希望を整理する

直近3期の決算書・申告書

② 仲介者・FAの選定

複数の支援者の手数料と業務範囲を比べる

仲介契約書・FA契約書

③ 企業価値評価

評価の前提と方法の説明を受け、希望価格の目安を持つ

簡易評価書

④ マッチング

社名を伏せた概要で打診し、名称の開示に同意する

ノンネームシート、秘密保持契約、企業概要書

⑤ 交渉

買い手の経営者と面談し、条件をすり合わせる

意向表明書

⑥ 基本合意

価格の目安、日程、独占交渉の期間を決める

基本合意書

⑦ デュー・ディリジェンス

資料を開示し、買い手側の専門家の質問に答える

資料リスト、質問回答書

⑧ 最終契約

価格、表明保証、補償、経営者保証の扱いを確定する

株式譲渡契約書など

⑨ クロージング

株式を引き渡して代金を受け取り、役員を交代する

株主名簿の書換え

⑩ PMI

取引先・従業員への説明や引継ぎに協力する

引継ぎ計画


売り手が主導権を持てるのは前半と最終契約


表の後半ほど買い手側の調査や条件提示が中心になり、売り手は受け身になりがちです。その点、①〜③は売り手が自分のペースで進められる数少ない段階です。ここで社内の整理を進め、売却価格・従業員の雇用・引退時期などの希望に優先順位をつけておくと、後の交渉がぶれにくくなります。


⑦のデュー・ディリジェンス(DD)は、買い手が依頼した会計士・税理士・弁護士が、財務・税務・法務・労務の実態を調べる手続です。ここで決算書に載っていない債務や過去の申告漏れが見つかれば、値下げを求められます。破談もありえます。


隠しておくほど後で不利になるため、ガイドラインも、不利な情報ほど早めに支援者へ伝えるよう売り手に求めています。


基本合意の後も、DDの結果しだいで条件は変わる


基本合意書は、価格の目安や独占交渉期間を書面にしたものです。秘密保持や独占交渉などの一部を除き、法的な拘束力は持たせないのが一般的です。価格と条件が固まるのは、DDの結果を踏まえて結ぶ最終契約です。


最終契約には、会社の状態について売り手が「この内容に間違いはない」と約束する条項が入ります。これが表明保証です。引渡し後に約束と違う事実が見つかれば、売り手が買い手に補償する義務を負います。第3版は、こうした最終契約後のリスクを仲介者・FAが依頼者へ具体的に説明するよう求めました。


第3版は経営者保証にも触れています。売却後も会社の借入れに対する経営者個人の保証が外れずに残るトラブルを避けるため、M&A成立前に金融機関や専門家へ相談し、最終契約での扱いを決めておくよう促しています。


レーマン方式でも基準額で手数料が変わる


成功報酬の計算は、多くが「レーマン方式」です。取引金額を段階に区切り、段階ごとに異なる料率を掛けて合計する方式で、中小企業庁の資料では次の料率が例示されています。


基準となる価額

料率

5億円以下の部分

5%

5億円超10億円以下の部分

4%

10億円超50億円以下の部分

3%

50億円超100億円以下の部分

2%

100億円超の部分

1%


同じ料率表でも、料率を掛ける「基準となる価額」が統一されていないため、支援者によって成功報酬が変わることがあります。中小企業庁は、株式の譲渡額そのものを使う方式、譲渡額に会社の負債を足した「移動総資産額」を使う方式、純資産額を使う方式があると整理しています。


たとえば譲渡額3億円、負債2億円の会社なら、譲渡額基準の成功報酬は1,500万円ですが、移動総資産基準では5億円に5%を掛けて2,500万円になります。差は1,000万円です。


小さな案件では「最低手数料」も効いてきます。中小企業庁の例示では、譲渡額5,000万円の株式譲渡なら、レーマン方式で税込275万円です。ところが最低手数料1,000万円(税抜)が適用されると税込1,100万円になり、売り手の手元に残るのは3,900万円、手数料は譲渡額の22%です。


2026年3月の中小企業庁資料でも、登録支援機関の報告による手数料率の中央値は、譲渡額500万円超1,000万円以下の案件で30.0%、5億円超で4.3%でした。


成功報酬のほかに、契約時の着手金、毎月の定額報酬(リテイナーフィー)、基本合意時の中間金がかかる場合もあります。料率表だけで比べず、想定売却額を伝えて、着手金や中間金も含めた支払総額を出してもらうと比べやすくなります。


仲介者は双方の、FAは一方の立場に立つ


仲介者は売り手と買い手の両方と契約し、多くは双方から手数料を受け取ります。FA(ファイナンシャル・アドバイザー)は片方とだけ契約し、依頼者の利益のために動く立場です。小規模な案件では仲介者が使われることが多いのですが、両方から報酬を得る構造上、どちらか一方に肩入れできないという利益相反の弱点もあります。


第3版はこの点を踏まえ、仲介者への規律を強めました。買い手からも手数料を受け取ることとその金額の説明、追加の手数料を払う側やリピーターの買い手を優遇することの禁止などです。


契約書では、他の支援者への依頼を禁じる専任条項と、契約終了後も一定期間内に成約すれば手数料が発生するテール条項の範囲も確認しておきましょう。第3版では、テール条項がどの相手との取引まで及ぶのか、専任条項がない契約ではどう扱うのかが明確化されました。


手数料の基準額や契約条項の読み方で迷う場合は、当法人でも契約前から個別にご相談を承っています(お問い合わせ)。


支援機関登録制度で手数料体系を確かめる


M&A支援機関登録制度は、中小企業庁が2021年8月に始めた、ガイドラインの遵守を宣言した仲介者・FAなどを登録・公表する仕組みです。情報はデータベースで公表され、手数料の算定基準の開示も登録継続の要件です。登録数は2026年3月時点で約3,400者、うち仲介・FAを専業とする事業者は約1,200者です。


登録は品質の保証ではありません。それでも、比較の土台にはなります。国の「事業承継・M&A補助金」で専門家への手数料を補助対象にする場合も、対象となるのは登録された支援機関への手数料に限られます。公的な相談窓口としては、全47都道府県に事業承継・引継ぎ支援センターが置かれており、支援者選びの前に中立的な意見を聞く場として使えます。


売却前に株主・簿外債務・貸し借りを整える


ガイドラインは、M&Aの実行に最低限必要な準備として、株式と事業用資産の整理・集約を挙げています。決算上の問題は価格の調整で片付くこともありますが、株式の権利関係が整理できなければ、そもそも譲渡ができません。以下、実務でDDの論点になりやすいものを、株主の確認から優先度の高い順に取り上げます。


名義株と株主名簿


株式を全部譲る取引なら、買い手は100%の取得が前提です。株主名簿に、実際には出資していない親族や知人の名前が載っている「名義株」があると、その人から確認書をもらうなどの整理が終わるまで手続が進みません。所在不明の株主も同じです(手順は「名義株の整理」参照)。


株券にも注意します。定款で株券を発行すると定めている会社では、株券を交付しなければ株式の譲渡は効力を生じません(会社法128条1項)。実際には株券を刷っていない会社も少なくなく、その場合は定款変更などの手当てが要ります。


簿外債務


決算書に載っていない債務は、DDで最も問題になりやすい項目です。典型的なのは次のようなもので、どれも決算書の数字だけでは見えません。


  • 未払いの残業代

  • 退職金規程があるのに積み立てていない退職金

  • 会社が他社のために負っている保証

  • リース契約の残債

  • 係争中の案件


見つかった時点で減額交渉が始まります。自社で先に洗い出し、開示する前提で金額をつかんでおくほうが、条件を守りやすくなります。


役員貸付金と役員借入金


中小企業では、会社と社長個人の間でお金の貸し借りが残っていることがよくあり、扱いは貸し借りの向きで変わります。会社が社長に貸している「役員貸付金」は、買い手から見ると回収できるかわからない資産なので、譲渡前に返済するか、価格から差し引く調整を求められます。


社長が会社に貸している「役員借入金」は、譲渡時に会社から返済を受けるのか、債権ごと買い手に譲るのかを決めておく必要があります。債権を放棄すると会社側に債務免除益が生じ、課税関係が変わる点にも注意が要ります。残高と発生の経緯は、どちらでも必ず聞かれます。


会社と個人の資産の線引き


事業用の資産が、すべて会社名義とは限りません。社長個人名義の土地に本社が建っている、社用車や保険契約の名義が混在している、といった状態のままだと、引渡し後に誰がどの条件で使うのかがあいまいになります。賃貸借契約を結び直すのか、会社に売却するのかを事前に決め、最終契約に書き込んでおきます。


決算書と申告の状態


過去の申告に誤りがあれば、買い手は将来の追徴リスクとして価格に織り込みます。源泉所得税の納付漏れや、消費税の区分誤りなどは、譲渡前に修正しておいたほうが話は早く進みます(税務調査への備えは「法人の税務調査の流れと準備」参照)。


売却価格は相続税評価と別物で、税は形で変わる


M&Aの価格は、時価純資産に将来の収益力を上乗せしたり、将来キャッシュフローから逆算したりして、買い手との交渉で決まります。相続税・贈与税で使う財産評価基本通達の評価額とは目的も計算方法も異なり、M&A価格のほうがかなり高くなることも珍しくありません(「M&Aの株価と相続税評価額の違い」参照)。


売り手が個人株主として株式を譲る場合、譲渡益には所得税・住民税あわせて20.315%の分離課税がかかります。事業譲渡は事情が違います。会社が事業を切り出して売るので、売却益にまず法人税がかかり、経営者の手元に資金を移す段階で再び課税されます。退職金の支給と組み合わせるかどうかも含め、手取りがいくら残るかは早い段階で試算しておきたい論点です。


当法人に相談する前に手元で確認しておくとよいこと


最初の相談では、次の資料があると話が早く進みます。すべてそろっていなくてもかまいません。


  • 直近3期分の決算書、法人税申告書、勘定科目内訳明細書

  • 定款と株主名簿(株券を発行する定めの有無も)

  • 金融機関借入れの一覧と、社長個人の保証の有無

  • 役員貸付金・役員借入金の残高と、その発生経緯

  • 社長個人名義で会社が使っている不動産や車両

  • 引退の時期、従業員の雇用継続、希望価格についての考え


当法人は公認会計士・税理士として、売却前の論点整理や企業価値の試算、税務面の確認をお手伝いしています(お問い合わせ)。


参考資料


 
 
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