M&Aの株価と相続税評価額はなぜ違うのか|税務上の時価と低額譲渡のリスク
同じ会社の株式でも、M&Aで第三者が支払う価格と相続税評価額は、数倍の開きがあることも珍しくありません。M&Aの価格は買い手が将来の利益と経営権に払う交渉の結果で、相続税評価額は課税の公平のために通達の算式で一律に出す数字だからです。
この差が税金の問題になるのは、M&Aの前後に親族や自分の資産管理会社との間で株式を売買する場面です。相続税評価額をそのまま売買価格に使うと、思わぬ課税を受けることがあります。
この記事の要点
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※本記事は2026年10月時点の法令・通達に基づいています。
M&Aの価格は将来収益を織り込む交渉で決まる
M&Aの株価算定には、会社の財産から積み上げるコストアプローチ、似た上場会社の株価から推し量るマーケットアプローチ、将来稼ぐお金から逆算するインカムアプローチの三つの考え方があります。
中小企業のM&Aでよく使われるのは、資産と負債を時価に置き直した純資産(時価純資産)に、営業利益の数年分を「のれん」として上乗せする年買法です。計算が分かりやすく、売り手と買い手の目線合わせに向いています。何年分を上乗せするかに決まりはなく、業種や収益の安定性を見て交渉で決まります。
マーケットアプローチの代表は類似会社比較法で、事業内容が近い上場会社を選び、企業価値が利払い・税金・償却前の利益(EBITDA)の何倍かという倍率を当てはめます。倍率から出るのは会社全体の価値なので、借入金などを差し引いて株式の価値にします。
インカムアプローチの代表はDCF法で、事業計画から将来のキャッシュフローを見積もり、リスクに応じた割引率で現在の価値に引き直します。どの方法でも、算定結果は価格の目安となる幅で、その金額で売る義務はありません。
最終的な売買価格は、買い手が見込む相乗効果(シナジー)、経営権を握ることの価値、デューデリジェンスで見つかった問題点、退職金の支払いなどを織り込んで、交渉で決まります(売り手側の準備は「中小M&Aの流れと売り手の準備」参照)。
相続税評価額は、通達の算式で一律に計算する
相続税・贈与税で使う非上場株式の評価は、国税庁の財産評価基本通達で定められています。まず株式を取得した人が経営に影響を持つ同族株主等かどうかで分け、同族株主等には原則的評価方式、それ以外の少数株主には配当だけを基礎にする配当還元方式を使います。
原則的評価方式では、会社を従業員数・総資産・売上高で大会社・中会社・小会社に区分し、類似業種比準方式と純資産価額方式を組み合わせます。類似業種比準方式は、国税庁が公表する上場会社の業種別平均株価を、配当・利益・簿価純資産の3要素で比べて評価会社の株価に置き換える方法です。
算出した価格には、大会社0.7、中会社0.6、小会社0.5の斟酌率を掛けます。斟酌率とは、上場会社との規模や安定性の差などを考慮して評価を割り引く割合です。
純資産価額方式は、会社の資産と負債を相続税評価額で計算し、含み益に対する法人税額等相当額として評価差額の38%を差し引きます。この割合は防衛特別法人税の創設に合わせて37%から引き上げられ、2026年4月1日以後に相続・贈与で取得した株式から適用されています。
類似業種比準方式は直前期末以前の実績値を、純資産価額方式は課税時期の資産・負債(一定の場合は直前期末の数値で代用)を使います。将来の事業計画は入らず、M&Aで支払われるような支配権の上乗せを直接加える仕組みもありません。
評価方式の全体像は「非上場株式の評価方法」、類似業種比準方式の仕組みは「類似業種比準価額のしくみ」で解説しています。
二つの株価の違いは算式より目的にある
項目 | M&Aの売買価格 | 相続税評価額(原則的評価方式) |
目的 | 売り手と買い手が合意する取引価格 | 相続税・贈与税の課税価格 |
決め方 | 算定結果を参考に交渉で決定 | 財産評価基本通達の算式で計算 |
利益の見方 | 将来の事業計画、正常な収益力 | 直前期末以前1〜3年の課税所得などの実績 |
資産の見方 | 時価(不動産は鑑定や査定) | 相続税評価額(土地は路線価など) |
比べる相手 | 個別に選んだ類似上場会社 | 国税庁が公表する業種別の平均 |
経営権・シナジー | 価格に織り込まれうる | 直接は加算しない(経営への影響力は株主区分と評価方式の違いで反映) |
割引 | 交渉次第 | 類似業種比準価額に斟酌率0.7〜0.5 |

差を広げるのは類似業種比準と将来収益の扱い
M&A価格との差に特に効くのは、類似業種比準価額の水準です。会計検査院は令和5年度決算検査報告で、相続税・贈与税の申告の抽出検査から、類似業種比準価額の中央値が純資産価額の中央値の27.2%にとどまると指摘しました。
国税庁が令和4年分・5年分の申告で行った実態把握でも約26.1%と、およそ4分の1の水準です。ここでいう純資産価額は、相続税評価額で計算した純資産価額方式の評価額を指します。会社規模が大きく類似業種比準方式の比重が高いほど、評価額が低く出る傾向も確認されています。
成長している会社や利益率の高い会社は、DCF法や年買法ではのれんの分だけ価格が上がります。会社全体を買う買い手は、経営方針を自分で決められ、既存事業との相乗効果も見込めるため、その分を上乗せすることもあります。相続税評価額は過去の実績を上場会社の平均と比べるだけなので、どちらの上乗せも生じません。
ただし、差は常に「M&A価格のほうが高い」方向に開くとは限りません。赤字が続いていて資産だけが大きい会社では、純資産価額方式による相続税評価額は高く出る一方、買い手は収益力のなさを理由に低い価格しか提示しないことがあります。
税務上の時価は誰から誰へ移すかで変わる
株式の売買価格は当事者の合意で決められますが、税務上の「時価」は取引の当事者に応じて考え方が異なり、時価より低い価格で取引すると差額に課税されることがあります。
取引の形 | 税務上の時価の目安 | 時価より低く取引した場合 |
個人から個人へ | 原則として財産評価基本通達による評価額 | 著しく低い価額なら、差額は買い手への贈与とみなされる(相続税法7条) |
個人から法人へ | 所得税基本通達59-6で評価通達を修正した価額 | 時価の2分の1未満なら、売り手は時価で譲渡したものとみなされる(所得税法59条1項2号) |
法人が売買する | 法人税基本通達9-1-13・9-1-14と同趣旨の取扱い | 差額は寄附金や受贈益として法人税の対象になりうる |
所得税と法人税の通達は、財産評価基本通達の方法を使うことを認めつつ、次の条件を付けています(所得税基本通達59-6、法人税基本通達9-1-14)。
株主(所得税では譲渡する個人、法人税では株式を持つ法人)が「中心的な同族株主」に当たる場合は、会社を常に小会社として評価する
土地と上場株式は取引時点の時価で評価する
評価差額に対する法人税額等相当額(38%)を差し引かない
結果として、多くの場合は相続税評価額より高くなります。土地の含み益が大きい会社や、相続税評価なら大会社として類似業種比準方式を使える会社ほど、差が開きます。
法人の場合は判断の順番も見落とされがちです。非上場株式の価額は、まず「事業年度終了の日前6月間の適正な売買実例」で判断するとされており(法人税基本通達9-1-13)、第三者とのM&Aで実際の売買価格が出ていれば、その価格が時価として扱われる可能性があります。
低額譲渡はM&A前後の株式移動で問題になる
典型的なのは、第三者への売却が見えてきた段階で、後継者の子や自分の資産管理会社に株式の一部を移す場面です。相続税評価額で親族に譲渡しても、近い時期に独立した第三者との間でずっと高い売買価格が成立していれば、その価格との差額が贈与とみなされるおそれがあります。
ただ、第三者との交渉が進んでいても、提示価格がそのまま税務上の時価になるとは限りません。交渉の段階、対象の株式数、経営権が移るかどうかで判断が分かれます。
資産管理会社に売る場合は、所得税の問題も加わります。相続税評価額、特に配当還元価額で売ると、所得税での時価の2分の1を下回ることがあります。そうなると、オーナーには受け取っていない金額まで譲渡所得が計算され、買った法人には時価との差額の受贈益が生じます。
相続の直前にM&Aの交渉が進んでいた場合も問題になりえます。財産評価基本通達には、通達どおりの評価が著しく不適当と認められる財産は国税庁長官の指示を受けて評価するという定めがあります(6項)。交渉中というだけで当然に適用されるわけではありませんが、売却価格がほぼ決まっていた株式を相続税評価額で申告すると、適用される余地があります。
反対に、利害関係のない第三者同士が交渉して決めた価格は、税務上も時価として扱われるのが通常です。問題になりやすいのは、親族間やオーナーと自分の会社の取引のように、価格を自由に決められる関係の取引です。
M&Aの前後に株式を動かす前に税務上の時価を確かめたい場合は、当法人でも個別にご相談を承っています(お問い合わせ)。
2026年の見直し議論は市場価値に近づける方向
この差について、国税庁は2026年4月に「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を立ち上げ、見直しを議論しています。8月20日の第5回会議では見直しの骨子が示されました。以下は議論の途中経過で、確定した制度ではありません。
骨子では、会社の規模区分(大会社・中会社・小会社)と、類似業種比準方式・純資産価額方式を組み合わせる今の体系を廃止し、原則の評価方式を「残余利益方式」に一本化する案が示されています。残余利益方式は、法人税法上の簿価純資産に、株主が通常期待する水準を上回る利益(超過利益)の数年分の現在価値を加減して評価する方法です。
この方式では、収益力の高い会社は簿価純資産より高く、赤字や低収益の会社は簿価純資産より低く評価されます。純資産価額方式は資産保有型の会社などに限り、配当還元方式も対象となる少数株主の範囲を絞る方向です。
9月16日の第6回会議で公表された試算では、令和2年分〜5年分の申告から抽出した1,378社について加算期間5年・還元率8%・斟酌率1.0と仮定すると、評価額の中央値は現行の申告評価額より全体で28.1%、大会社では114.7%(2倍強)上がり、小会社では1.9%下がりました。斟酌率をどうするかは論点として残っています。
報道では、2026年秋の取りまとめ、12月の税制改正大綱を経て、2028年1月ごろから適用する見込みとされていますが、決まったものではありません。仮にこの方向で見直されれば、収益力の高い会社ほど相続税評価額がM&Aの価格に近づきます。それでも簿価純資産を基礎にする点や、シナジーを考慮しない点は変わらないため、二つの株価が一致するわけではありません。
当法人に相談する前に手元で確認しておくとよいこと
相談の前に、次のものを確認しておくと検討が早く進みます。
直近3期分の決算書と法人税申告書(別表を含む)
株主名簿と、過去に株式を売買・贈与したときの価格とその根拠
M&Aの打診や意向表明書、仲介会社との契約があれば、その時期と提示価格
会社が持つ土地・建物や上場株式の一覧
これから予定している株式の移動(誰から誰へ、何株、いつ)
親族や資産管理会社への譲渡を売却の前にするか後にするかでも、税務上の問題は変わります。当法人では、M&Aの株価算定と相続税評価の双方の経験をもとに、取引価格の妥当性や税負担の見通しを試算しています(お問い合わせページ)。
参考資料
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第1回資料(2026年4月20日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260420/pdf/01shiryo_kabukaigi.pdf
国税庁 同有識者会議 第5回資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」(2026年8月20日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260820/pdf/05kijoshiryo_kabukaigi.pdf
国税庁 同有識者会議 第6回資料(2026年9月16日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260916/pdf/06shiryo_kabukaigi.pdf
国税庁 所得税基本通達59-6(株式等を贈与等した場合の「その時における価額」): https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/joto-sanrin/070405/19.htm
国税庁 法人税基本通達 第9章第1節第3款(9-1-13・9-1-14): https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/09/09_01_03.htm
国税庁 No.3217 時価より低い価額で売ったとき: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3217.htm
